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宇検村 芦検(うけんそん あしけん)の 汗水節~稲すり節

芦検 稲すり踊り

汗水節~稲すり節について

各シマ(集落)で歌い継がれ、今の時代に伝わる奄美大島のシマ唄は、同じ曲名でも各集落によって微妙な違いが見られるものです。奄美の人々は、自分たちのシマの唄を大切にし、誇りとして唄います。

それ故、音源として残されていない唄は、唄う人が居なくなれば、忘れ去られてしまう、儚い唄も多いという現実があります。

宇検村の芦検という集落で歌い継がれている「汗水節~稲すり節」も、そんな唄の一つかも知れませんが、シマの人々によって大切に受け継がれている唄なのです。

芦検集落の汗水節~稲すり節は唄と一緒に踊りもセットになっており、別名、「アンマ踊り」や「芦検 稲すり踊り」とも呼ばれているようです。

芦検の汗水節~稲すり節のルーツを調べると、1938年(昭和13年)の第二次世界大戦以前にまでさかのぼります。

全国各都道府県からその年に採れた、お米を神々に備えるために、皇室に献上していた時代、作付地区として、宇検村の芦検が指定され、新田を作り、その田植祭に奉納するための唄・踊りが、汗水節~稲すり節の始まりだということです。

現在は宇検村の無形文化財に指定されています。

私は、2012年9月に、芦検に伺い、地元の保存会の方々にこの唄を教えていただきました。

汗水節

芦検 稲すり踊り

奄美の各シマで唄われる稲すり節は、CDとして音源も残されており、ご存知の方も多いかと思いますが、汗水節を知る方は多くありません。

汗水節は、元は沖縄で唄われてきた民謡で、沖縄でもそれほど古い曲ではなく、1928年(昭和3年)に勤労奨励キャンペーンとして詞を募集し、具志頭郵便局局長である仲本稔氏の歌詞が採用され、今でも、沖縄民謡では誰もが知る教訓歌として唄われます。

沖縄で生まれたこの汗水節がどのようにして奄美へ伝わったのかは、今となっては知る術はありませんが、この、芦検稲すり踊りの始まりは島袋貞昌氏と松井隆吉氏の二方によってのアレンジされたそうで、想像するに、島袋貞昌氏が沖縄県出身の方だということ、そのあたりも関係するのかも知れないと思っています。

沖縄と同じ歌詞の汗水節が、メロディーを変えて、こうして奄美に伝わっていることが、不思議でもあるし、民謡という唄のたくましさに感動さえ覚えます。

奄美の汗水節と沖縄の汗水節を、是非、聴き比べてください。YouTubeなどの動画サイトで検索すれば沢山出てきます。(芦検 稲すり節 と検索してみてください。)

歌詞はまったく同じですが、沖縄民謡と奄美民謡の汗水節のメロディがまったく違うことに驚かされるのではないでしょうか。

汗水節の歌詞

芦検 稲すり踊り

汗水や流ち 働らちゆる人の 心嬉しさや よその知ゆみ よその知ゆみ
(よいやさーさー よその知ゆる)

一日に五十 百日にに五貫 守てすくなゆな 昔くとば 昔くとば
(よいやさーさー よその知ゆる)

朝夕働ちゆて 積み立てる金や 若松ぬさかえ 年と共に 年と共に
(よいやさーさー よその知ゆる)

心わかわかと 朝夕働けば 五六十になても 二十さらめ 二十さらめ
(よいやさーさー よその知ゆる)

寄ゆる歳忘して 育てたる生児 手しみ学問や 広くしらせ 広くしらせ
(よいやさーさー よその知ゆる)

うまん人ぬためも 我がためとおもて きむいさみいさみ つくしみんしょれ つくしみんしょれ
(よいやさーさー よその知ゆる)

稲すり節の歌詞

今日ぬおこらしや 何時よりもまさり
(イニイニスレヨ アラユレユレヨ)

何時もこの如に あらちたぼれ
(イニイニスレヨ アラユレユレヨ)

きばてすれよふなりんきゃ ステドステドひならしゆんど
(イニイニスレヨ アラユレユレヨ)

千石ぬ米や ステドステドひならしゅんど
(イニイニスレヨ アラユレユレヨ)

殿地あみしやれや 果報な生レやすが
(イニイニスレヨ アラユレユレヨ)

今年年がなし果報な 果報な年がなし
(イニイニスレヨ アラユレユレヨ)

道ぬ枯れ草も真米 真米なりゆり
(イニイニスレヨ アラユレユレヨ)

きばてすれよふなりんきゃ しきゆましきゆみかめらしゅんど
(イニイニスレヨ アラユレユレヨ)

粟ぬすられりゆめ稲ど 稲どすられりゆる
(イニイニスレヨ アラユレユレヨ)

でんぬましゆうたけば なぐぬなぐぬはたゆらし
(イニイニスレヨ アラユレユレヨ)

うぶこりどありよろ 果報者やどありよろ
(イニイニスレヨ アラユレユレヨ)

やにえぬむぬつくりあぶし あぶしまくら
(イニイニスレヨ アラユレユレヨ)

まとめ

芦検 稲すり踊り

帰りは全員で送り節を唄って下さり、公民館を出て見えなくなるまで唄い続けて下さり、感動で涙が止まらなかったことを思い出します。

私自身、これからも芦検の稲すり節を大切に唄っていきたいと思います。

奄美には、今にも忘れ去られてしまいそうな唄がそれこそ無数にあるのです。そんな唄を後世に残して行くお手伝いができれば、と思っています。

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